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「ええ、そうですね

  • By janessa
  • On 21/10/2023
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「ええ、そうですね。また会えますよ」

 さきほどのかれの問いに、そう答えるのが精一杯だ。

 いまの斎藤に、いつものようなさわやかな笑みはない。かれは、おれの言葉に泣きっ面を上下させた。

「副長のことを頼む」

 それから、子宮內膜異位症 指先で目尻の涙を拭ってからいった。

 それは、永倉や原田にいわれたことと、まったくおなじ言葉である。

 当然のことながら、斎藤も副長の未来をしっている。

 副長が、いつ頃、どこで死ぬのかということをである。

 かれらは、副長とは試衛館時代からともに過ごしてきた間柄である。

 そのおなじ時代からすごしてきた近藤局長と井上を、すでに喪っている。

 これ以上喪いたくない。土方歳三も生き残ってほしい。

 

 かれらがそう切に願うのは、あたりまえすぎるであろう。

「主計。おまえのお蔭で、すくなくとも総司と平助は死なずにすんだ。左之さんもだ。だったら、副長も……

 かれは、不意に口をつぐんだ。つづきはきかなくってもわかっている。十二分によめている。

「頼めるか?」

 さきをつづけぬまま、かれはおれたちをみまわした。

 おれたちは、同時にうなずいた。

「だからと申して、たまが身代わりになるのも困る」

 かれは、俊春をみつめた。

 これもまた、永倉と原田の願いでもある。それから、近藤局長のそれでもあるはずだ。

 斎藤がいいきっかけをつくってくれた。

 それに便乗しない手はない。

 ずっとおれたちの間でささやかれているのが、「俊冬影武者説」である。以前もそのことで俊春を問い詰めたことがある。っていうか、責めたことがあった。

 ちなみに、『おれたち』というのは、永倉と原田と斎藤、そしておれである。

 じつは、副長もしっているのである。俊冬が、自分の身代わりになろうとうしているということを。

 とはいえ、まさか副長のまえで「影武者なんて馬鹿なことはやめろ」とか、「身代わりなんてやったところで無意味だ」とか、「スルーしておけばいいんだ。なにもわざわざ自分が撃たれる必要などない」とか、いえるわけがない。

 おおっと、いまのはなにもおれの本心ではない。俊冬を説得するのなら、たいていはこんな感じのことをいうのではなかろうか、という推測である。

 くどいようだが、いまのはおれの気持ちではない。

 というわけで、副長のまえでそんなことをいえば、副長本人に「予定通り死んじゃってください」っていっているようなものである。そうとらえられても仕方がない。

 たとえ副長に死ぬ覚悟ができていたり、本人がそう望んでいるのだとしても、眼前でそんなふうなシーンが展開されたとすれば、気持ちがいいわけがない。

 しかしながら、可愛げのない天邪鬼な副長のことである。

『そこまでいわれて死んでやるものか。意地でも生き残ってやる』

 って、意地をはるだろうか。

 なるほど……。それはそれで、いいにはっとするほど悲し気な表情を浮かべた。

 くううううっ……

 二歳どころかずっと年少に思えるほど子どもっぽいかれのまえだと、まるでマウンティングをとっているみたいだ。

 ってか、俊春ってこんなにかわいかったっけ?

 いや、もともとかわいいが、よりいっそうかわいく感じ……

でかれをみているんだ?同性だぞ?

「主計っ!いいかげんにせぬか。おぬし、暗示にかけられていることに気がついていないのか?」

 またしも斎藤である。

 そのアテンションで、自分が俊春に暗示にかけられていることに気がついた。

 ってか、俊春はいまのあざとい系の表情だけで、おれに暗示をかけたというのか?

「きみ、面白いくらいに暗示にかかるんだもの。つい、かけちゃった」

「あのなぁ……

 テヘペロする俊春に、つっかかってしまった。

 ってか、暗示ってそんなに軽いノリでかけていいものなのか?

 これって暗示ハラスメント、略してアンハラにあたりやしないのか? いずれにしても、俊春にマウンティングしようがパワハラしようが、いまなら大丈夫。ついでに、かれをたたきのめそうがぶちのめそうが、相棒はもうおれに敵意をむきだしたり飛びかかりそうになったりしないはずだから……

 って相棒は、向こうで白虎隊の隊士たちに愛想をふりまきつつ、めっちゃにらんできている。

「まずムリだな」

「さよう。ぜったいにムリだ」

 相棒の強烈なにらみにゾッとしているところに、島田と斎藤が謎断言してきた。

「ムリって、いったいなにがムリなんです?」

「おまえがぽちをたたきのめしたりぶちのめす、ということにきまっておろう」

「あぁ、そこですか……

 島田のツッコミに、たしかにそのとおりだと納得した。

 そんなことができるのだったら、おれは地球上どころか宇宙最強の男のはずだ。

「ってか、またしても話がズレまくっています」

「おまえが元凶だろうが」

「おまえが悪いんだろうが」

 せっかく指摘してあげたのに、島田も斎藤もさもおれが悪いようにツッコんできた。

「まったく……。真剣な話をしているというのに、なにゆえ笑わせるようなことばかり申すのだ」

「斎藤先生。申し訳ないですが、おれはこのさき新撰組のムードメーカーとしてお笑いのスキルアップに専念することに決めたのです。ゆえに、マジな話だろうと悲しいシチュエーションだろうと、しょーもないギャグの一発や二発かまして、兎に角その場の雰囲気をあかるくする努力をしなければならないんです」

 

 マジな

 な、なにをいっているんだ、おれ?なんて

 

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