Créer un site internet
Raising the bar for superior blog

は得意であるが

  • By janessa
  • On 14/04/2023
  • 0 comments

"は得意であるが、剣術は得意ではない。その自覚はあった。

「うむ。尾形君も頼りになる男だが、文官だからなあ。山崎君には別の任務を任せている。となると、」

「ええ。鈴木君がよいでしょうね。避孕藥 あの者の腕なら安心です」

 桜司郎の名が上がり、武田は思わず歯噛みをする。何故いつも欲しい位置に鈴木桜司郎の名があるのかと。

 武田の黒々しい心中など誰も気にとめず、話しは進んでいく。

「時に、永井様はついに赤禰らを釈放したようですね」

「ああ。幕府の攻撃から長州を守るために、説得してみせると息巻いていたらしいじゃないか」

 案外熱い男なのだな、と会ったことも無いが近藤は赤禰に対して好感を抱いた。だが、それに対して伊東は哀れみすら覚えている。

 もはや、いくら誰がなんと言おうとも長州の考えは抗戦一択だろう。そこへ赤禰が幕府の手先として説得に回れば、間違いなく裏切り者として扱われるに違いない。帰ったが最後、命は無いと考えるのが妥当だった。

 それを分かっていて、赤禰を利用するものだから幕府の人間は底意地が悪いと伊東は嫌悪感を抱く。

──目的のために手段を選ばないのは、も同じですがね。人のことを言えたものではありません。

 その頃、桜司郎は一人で澄み切った冬の寒空の下で刀を振るっていた。部屋でジッとしているのも苦痛であるし、身体を動かしていると時が早く流れる上に、何も考えなくて良いから好きだった。

 切っ先が空を切る音と、息遣いだけが辺りに響く。身体を動かせば肌が痛むくらいの冷たさだったが、冬独特の凛とした空気が心地好い。

「良い太刀筋だのう」

「な、永井様」

 桜司郎は慌てて刀を収めると頭を下げた。京に居る時に、大目付の立場について土方に教わったのである。

「畏まる必要はない。頭を上げてくれ。それより、近藤から聞いたぞ。珍妙なことに、記憶を失せているとな」

「は、はい」

 永井は桜司郎の横に立つと、空を見上げた。どんよりと重たい雲が低くかかっている。今にも雪が降りそうだった。

「道理で昌平黌の話を出しても腑に落ちない表情をする訳だ。見目は元のお主だと言うのに」

 そう言うと、永井は視線を桜司郎へ移す。昔から見目の美しい男だった。月代は剃らずに総髪で、打刀ではなく太刀を提げ、剣術を何よりも愛した男。

「見目が変わらぬ代わりに背丈が縮んだ気がするがのう」

 カラカラと笑いながら、桜司郎の頭をぽんぽんと叩いた。

「あの、私と永井様の接点は……」

「儂は今、にして五十目前じゃ。そもそも昌平黌に入ったのが遅くてのう。三十過ぎのことじゃったか、

神童だった」

 だから覚えているのだと永井は言う。昌平黌では、学問の試験を行っており、初級ではを行い、上級では数年に一度だけ学問吟味という試験が行われていた。それらで甲の成績を納めれば幕府で重用されるという、言わば出世の登竜門である。

「だが、お主はで甲の成績を取った。お主は十代にして甲の成績を取っておった。を拒み、旅をしたいと言ったと聞いた。若さ故かと思ったが、机上の勉学ではない様々な知見を身に付けるのは良い事じゃ。考え方が凝り固まらんからな」

 桜之丞という人物は優秀だが、少し変わった人なのだと桜司郎は思った。昌平黌の前で感じた懐かしさにも納得がいく。

 

Add a comment