桂はそんな桜花の
- By janessa
- On 13/01/2023
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桂はそんな桜花の心中を知ってか知らずか残酷な言葉を告げた。
「だが、もし藩邸に居たとしても同じ選択をしていたかも知れない」
それを聞いた桜花は目を細め、途端に嫌悪感に似た感情が胸を占めるのを感じる。
「な、ぜ…」
やっと絞り出した言葉に、富途證券 桂は表情を変えずに真っ直ぐに桜花を見詰めた。
「一人のために、藩邸を危険に晒す事など出来ないからさ。勿論、吉田君のことは惜しかったと思っている」
桂の言い分は心の何処かで理解は出来ている。
吉田を藩邸に入れれば、長州藩邸がそれに関係していると見なされて、藩邸自体が討ち入りの対象になってしまう可能性があったということも。
それでも桜花はやり切れない気持ちが強かった。居合わせた不運、という言葉で片付けるにはあまりにも切なすぎる。
「でも、でも…」
「…彼は最後まで大火計画に反対していたんだ。それだけじゃない。新撰組に討ち入り、関係する町民諸共殺すという話にも難色を示した。同志からは非難を受けていたよ。それでも死を覚悟して、池田屋でもう一度同志を説得しようとしていた」
桂の言葉に桜花は顔を上げる。吉田は自分のことを守ろうとしたのかもしれないと察した。
その表情は今にも泣き出しそうだった。
「…その、せいで、あの人は…見捨てられたということは…」
桂は閉口し、視線を下に向ける。
その可能性が無かったとも言いきれなかった。
桂自身も慎重派ではあるため、吉田の考えには概ね賛成していた。しかし、桜花は吉田の隠れ家の近くの桜の木の下に来ていた。その木の根元に座り、膝を抱えて顔を埋める。
頭上の空は、日が暮れ始めていた。サア、と生温い風が頬を撫でる。
何処からか、コンチキチンとの音が風に乗って聞こえてきた。それにびくりと肩を震わせれば、主張するかのように懐に入れていた文がカサリと乾いた音を立てる。
桜花は虚ろな目で顔を上げ、まだ開いてもいないそれを取り出した。
そしてそっと広げる。それは一文字一文字が教科書のように丁寧に書かれており、桜花にも読めるものだった。
その心遣いに胸を熱くしながら、目を通す。
《この文を読まれる頃には
僕はこの世に居ないでしょう
突然の便りに貴女は困惑したと思います
申し訳ない
貴女を今生を掛けて護りたいと思いましたが
其れも叶わぬ身と相成りました
国の為に生きると決めてから死は元より覚悟の上
でした
武士として死ぬことは此の上ない名誉です
人の運命は決まっていると言いますから
これは僕の運命だったのです
貴女は気に病む必要はありません
短い時でしたが貴女と逢えたことは
身を焦がす程の僥倖でした
貴女の選択する道を僕は信じています
息災で過ごして下さいますよう
さようなら
六月五日 吉田稔麿
鈴木桜花様 》
時間をかけて読み終わった桜花はそれを胸に抱き、肩を震わせた。
そこに書かれた言ノ葉の一つ一つから深い愛情が伝わってくる。
欲しかった言葉がそこには詰まっていた。
白岩から訃報を聞いた時も出なかった涙がぽろぽろと零れる。その頃。行先も告げずに家を出た桜花を心配するように、まさは門の前にいた。その足元には勇之助が縋り付くようにくっ付いている。
「どないしよ…。探しに行った方がええんやろか」
遣いのために遅くなったことはあったが、このように行き先が分からない外出は初めてのため、どうすれば良いのか分からなかった。
もう日は傾き、間もなく夜が来る。迫る夕闇が不安を助長させた。
そこへ木刀を手にした沖田と原田が通り掛かる。壬生寺で稽古をする予定なのだろう。
「よう、おまささん。誰か探しているのかい?
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