腕の傷は思ったより酷くなかった
- By janessa
- On 20/01/2024
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腕の傷は思ったより酷くなかった。それがせめてもの救い。
「痛い…。」
「痛いのは俺だ馬鹿。」
見ている方も痛い。
こんな傷口に豪快に水を掛けた土方の気が知れない。https://iamjamay.wordpress.com/
それにこれがもっと深い傷なら,三津の手に負えなかった。
何かあったらとか考えたくないけど,もし何かあったら…。
『よし,決めた。』
「土方さん,明日薬貰いに行って来ます。」
何だ急にと言おうとして口を噤んだ。
「勝手にしろ。」
理由は問いただす事はせず,そう吐き捨てて,処置を施す三津の指先を見つめるだけだった。
明日,あの診療所に行こうと決めた。
“ユキ”に会って怪我の正しい処置の仕方だけでも聞いてみよう。
そんな事を考えて,自分が病人だって言うのをすっかり忘れてしまっていた。
思いついたら即行動。
翌日三津は一人で屯所を出た。
付き添うと言ったたえの好意をはねのけて。
薬を貰うのが本当の目的じゃなくて,医学の知識を教えて欲しいと頼みに行くなんて言えば,馬鹿にされるか,呆れられるかだ。
『これはみんなの為にもなるしね!』
みんなが喜んでくれる顔を思い浮かべると俄然やる気が出てきたのに,意気揚々と歩いてすぐ,自分の情けなさに気付いた。
『しまった…。次の角は右か左か…。
と言うか方向合ってる?』
行く道はちゃんと覚えたはずなのに。
よくよく考えれば,ぼーっとする頭でたえと喋りながら歩いたから,目印になるような物も何一つ覚えていなかった。
帰りは帰りで意識がなかったし,道順どころじゃなかった。
今更引き返して,道が分かりませんなんて恥ずかしくて言えやしない。
「勘だけは冴えてるからね!多分こっち!」
根拠のない自信だけを頼りに歩き出すのだけど,ぱらぱらと道の脇から現れた男が三人,行く手を阻む。
『ものすんごく嫌な予感がするんやけど…。』
とりあえず俯いて,目を合わせないように,道の端っこを通り抜けようとした。
「待て待て可愛いお嬢ちゃん。ちょいと名前聞かせてくんねぇか?」
「…三津ですけど。」
“可愛い”に反応してしまったじゃないか。
でも名乗ってすぐに後悔した。
三津を取り囲む浪士はニヤリと笑い,顎の無精髭をさする。
「間違いねぇ。こいつは土方の女だ。」
『あぁ…やっぱり…。』一人で出掛けるのを知ってるかのように現れる不逞浪士。
それに名前まで知られてるじゃないか。
「それは人違いです…。
それに土方さんの女ならきっと島原にいますよ。それじゃあ!」
強行突破を試みたが,しっかり両腕を掴まれた。
「私これから行く所が…。」
「大人しくしねぇとその行き先が地獄になるぜ?」
三津の鼻先に短刀が向けられ,そのまま刃先が横一線に頬をなぞった。
「あ…。」
熱い痛みと,頬を伝う何かを感じた。
目の前の刃先に僅かに赤いものがついている。
その刃が首筋にあてられた。
向けている男は愉しそうで,その目の奥に恐怖を感じた。
「新選組には何人も仲間をやられてんだ。」
澱んだ目の奥に渦巻く殺気に息を呑む。
言い表せない憎しみが牙を剥く。
『その怨みを晴らす為なら,新選組に関わってる人間やったら誰でもいいんや…。』
もしかしたら今の自分の立場がたえになっていた可能性もある。
この刃が他の人に向いていたかもしれない。
『だったら私でいいや…。』
そう思ったら,ふっと肩の力が抜けた。
自分には死んだ先に待ってる人がいる。
『おじちゃん,おばちゃんごめん…。』
小さく息を吐いて,覚悟を決めた。
力無くうなだれて心の中でひたすら二人への感謝の言葉と謝罪を繰り返した。
「あんたら,その女に何の用だ?」
その声にはっと顔を上げた。
ゆらりと一つの影が立っている。
いつの間にこんな側まで近付いてたんだろう。
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